風の館からの便り(つれづれなるままに) No.276
                                                                           
   2014年3月8日(土)
     雨だれ、石をうがつ

 「雨だれ、石をうがつ」という諺があります。これは、平安時代に明詮という坊さんが、10歳の時に出家したが、あまり頭もよい方でなく、友だちよりも勉強が遅れがちなのでいっそ坊さんをやめようと思っていたそうです。
 ある日、奈良の東大寺に参り、雨が降ってきたので雨宿りをしました。すると、屋根から落ちてくる雨だれが、下の硬い石に穴をあけているのを発見しました。
 「一滴では、何ほどの力もない雨だれが石に穴をあけている。人間もうまずたゆまず努力すれば目的を達成することができるにちがいない。」と悟り、努力してついに名僧になったそうです。
 さて、子ども達の生活を振り返ってみますと、何事にも自分はできないとあきらめている子どもの姿が目に付きます。このような子どもには、頭のよい悪いが問題ではなく、努力を続けたか否かにより人間の値打ちが定まるものであることを、徹底してしつけていかなければなりません。各家庭でも子どもの成長のため、何か家族に役に立つ仕事を決め、責任を持ってやり遂げる体験の場をつくってやってください。
 何ができて、何に苦労をしているのか、我が子の満足と不満について思いを共有してやってください。「雨だれ、石をうがつ」といわれているように日々のささやかな努力の積み重ねが、めざす目標を達成することにつながります。「まあ、いいや」と途中で投げ出すことのないようにがんばらせてやってください。


   2014年3月9日(日)
     今子ども達に感じ取らせたい2つのこと


(1)もったいないという感性
 消費文化だ、個人の自由だと言って過ごしてきた中で、忘れかけていたもの、それが「もったいないという感覚を子ども達に伝えること」です。まずいと言って食べ残しを平気でする子、汚いと言って汚れたものを洗おうとしない子、上靴や運動靴が何足も忘れ物として届けられたままになっています。購入した時、自分のものだと自分の名前をなぜ書かないのでしょうか。どうして親は書かせないのでしょうか。もったいない。
(2)食の生産技術を身につけること
 家で仕事の手伝い、子どもはどれくらいしているのでしょうか。親はさせているのでしょうか。忙しい。子どもにさせると時間がかかるし二度手間になる。自分がした方が能率的だ。確かにその通りなのですが、やっていない子の生活技能の成長は止まったままなのです。
 小学校5年生になって、家庭科実習が始まると顕著に現れます。針と糸の使い方に慣れた子、芋の皮を包丁を使ってうまく剥く子、何から洗濯したらいいかちゃんと分けて作業に取りかかれる子、皿などの後始末の要領がわかっている子など。
 また、畑での作業の時にも、くわをうまく使いこなす子、草の抜き方を心得ている子、畝を上手にくわを使ってつくる子など。「大きくなったら自然にわかってくるわいや。」いえいえ、そうではありません。「ご飯は何からつくる」「お米」「パンは?」「小麦の粉」「味噌は?」「?」「しょうゆは?」「?」探求する心がない者は、知らぬままで何も疑問に思わないのです。