今多くの地域で高齢化が進み、介護を必要とする多くなってきています。支援する側の人も同じように高齢となってきているのが現状です。若い人の多くは、仕事に追われ、家族の中で支え合うことができにくくなっているのではないでしょうか。
人に頼るばかりでなく、支える側になる工夫もするのです。元気に地域の中で歩き回ることのできる体力を保持し続けるのです。畑があれば、野菜作りに精を出し、自分たちで食べられるように育てましょう。少し多めにできれば、近所にお裾分けしても喜ばれます。お互いが持ちつ持たれつの関係をつくるのです。無理をするのではなく、少しがんばることでできるのではないでしょうか。
絆が強く結びつき深化すれば、安心して生活できるのです。何か困ったことや頼み事があれば相談できるようになるのです。家の中に閉じこもっているのではなく、社会の中で活動している自分の姿を感じることが、自立した個人には必要です。お年寄りはお年寄りのよさを社会の中で生かしていくのです。多くの経験と知恵を備えておられるのです。
水道が各家庭に整備されるまでは、井戸端が情報交換の場であり、社交場でした。近代化の進行で家庭環境が整備されるに従って井戸や井戸端が消滅していったのです。若い人たちは、生活に使われていた井戸を見る機会もなくなり、つるべ落としの意味することも実感としてわからなくなってきています。この井戸端は今の子ども達にとって必要なものではないでしょうか。群れて遊ぶ場として人が集う場所が必要なのです。
お節介があり、道草がある井戸端をつくることで家庭では経験できない体験が生まれます。友だちとけんかをして仲直りする循環が見られます。小さな命や路傍の花にも心をよせるやさしさも身につけることができます。共生が身近なところで息づいているのです。
今の子どもは家庭ではほとんどだっこやおんぶする体験はないと言っていいでしょう。心の自立は、自ら考え、失敗しても後始末を自分ですることで身についていくのです。
明日を熱く語る大人になりましょう。おっせいのある井戸端づくりに参加するのです。やさしさをしまい込まずに外に出すことで、それが実現できるのです。お節介と言われても子どもの健全育成のために伝え続けましょう。明日は今からつくるものです。
共働きをしているお母さん、お父さんにわかってほしいことがあります。子どもに一人でいることを求めすぎていないかということです。確かに大人は仕事に追われていることはわかりますが、しょせん子どもなのです。一人で留守番をしていると寂しくなります。子どもが玄関で親を出迎えた時、ぎゅっと抱きしめて「留守番ご苦労様、ありがとう」と耳元でささやいてやってください。そうすると子どもの心に安心感がぱっと広がるのです。そして子ども自身、自分に自信を持つことにつながるのです。
冷や酒と親の意見はあとでじっくり効くと言われます。伝わったと思うまで親として子どもに言い続けましょう。