「子曰 君子欲訥於言 而敏於行」
「しいわく くんしはげんにとつにして おこないにびんならんことをほっす。」
親子でいっしょに声に出して読んでみましょう。覚えたら、それから意味を説き聞かせていけばいいのです。手っ取り早くするのではなく、やり遂げる苦労の中で感覚が身についてくるのです。
意味は「実力のある人は、口先であれこれしゃべったり、自慢したりしないものです。実際に行動して、その実力を示しているものなのです。」
自分の詳しいことが話題になると、ついつい調子に乗っておしゃべりをしてしまうものです。でもはじめのうちは尊敬されても、空気を読まずにずっと話したり、人の間違いを正したりしていると、そのうち何を自慢しているんだよなんて思われてしまいます。知っていて当たり前と思うことも人それぞれなのです。
今の若者は、一生懸命やっているのは、それが好きだからと思い込んでいるのではないでしょうか。好きなことをやるのが自己実現であり、幸せなことだというメッセージが巷にあふれています。職業選択の案内本を見ても、これが好きな人はこんな職業があるよと、まず好みを考えさせます。学校での進路指導も同様な手順でなされているようです。その結果、就職して2,3年でこれは私のやりたかったことではないと転職する人がいるのです。
就職するとは、お金をもらって食べていくことです。先方の好きなことをやるからこそお金をくれるわけで、こちらの好きなことをやって金をもらおうとは虫がよすぎます。農林業でも同じように、自然の「好きなこと」をするから、恵みがもらえるのです。食べるためには嫌いなこともしなければなりません。このような当然なことをきちんと大人から教えられていないのではないでしょうか。
人であれ自然であれ、必ず自分にとって好きな面と嫌いな面とを持っています。好きと思って結婚しても、嫌いな面が見えてきて即離婚というのでは結婚など成り立ちません。子育てだってできないでしょう。自然もやはりそうで、海は恵みもくれますが、津波もやってきます。また技術にも必ず暗い面が伴います。原発を作るということは、事故とも付き合うということが当然の了解事項となっているべきで、致命的な事故にならないように不断の努力が必要だったのです。事故の可能性を示唆しただけで地域から拒絶されるから、事故は起こりませんと嘘をつき続けたのではないでしょうか。
自分の好きなものしか付き合わないことでこのように危険で、そのような生き方を続けていれば視野の狭い物事と深く付き合うことのない独りよがりの人間になってしまいます。偏食すれば体は健やかに育たないし、教科を「偏食」すると脳も健やかに育たないのです。友人や人生を含め、好き嫌いを超えた付き合いをしなければ、心も健やかに育たないのではないでしょうか。
