日本に受け継がれている芸能や伝承文化は、人々の暮らしを豊かにするために生まれ、そこから日本の長い歴史を通して取捨選択され残ったものが、伝統として今に受け継がれているのです。ところが現状は、今保存に向けた取り組みがなされなければ、消滅してしまうものが多々あります。担い手が残っていないのです。毎日の生活や経済的には無駄なことだと切り捨てられようとしているのです。
物事には裏と表があり、ある人にとっては無駄と思えるものも、別の人にとってはとても大切だったりするのです。全てのものには意味があり、その意味を見いだすことが生きがいをかたちづくっていくのかもしれません。人は悩んだり、葛藤したり、時には回り道しながら心を育てているのかもしれません。
伝統芸能を残していくために、一人でも多くの人に観ていただき、楽しいと思っていただける機会を設けていく必要があります。
目の前の食卓に並んでいる食べ物、自分の生活している所で生産された物がどれくらいあるのでしょいか。私の昼の食卓には、ご飯、味噌汁(ジャガイモと玉ねぎ入り)、たくわん、キュウリ、トマト、イワシの煮付けです。イワシ以外は家族で作ったものです。毎日畑から収穫するキュウリ、トマトは当分続きます。昨日はナスを焼きナスにして食べました。とてもおいしかったです。
新しくキュウリとナスの種をまきました。トマトもさし芽をしました。秋にも食べられるように段取りをしているのです。
自分の地域で作った食材をそれぞれの家庭で味つけされ、食べ続けることで子ども達にふるさとの味が身に付くのではないでしょうか。舌の味覚は、食べ続けることで形成されていくと考えています。
ところが農作物を作っても今の経済システムでは経済的に成り立ちません。農家の若者の多くが他の職種に流れていっています。後継者がいなくなり、中山間地の田畑は耕作放棄地となりつつあります。農業政策を外交と絡めて論ずるのは間違っていると思います。ふるさとの味を継承し、日本の文化としての食卓を守るために何をすることが必要なのか考えてください。
また、地域の特産品を産むには、適正規模をどう見極めるかにかかっているのではないでしょうか。その地域に来ないと食べることができない程度の生産規模にするのです。人が来て食べ、おいしかったという声を大事にすることが、地域で特産品として大事にすることなのです。大量に作って大規模に販売することが会社としての目的ではこれからはないように思います。
