リーグ戦&優腓大会遠征記

工二 飯塚和也

 昭和六十一年度リーグ戦、優勝大会は、ここ鳥取大学と千代テニスコートに於て、五月十六日から十八日に行なわれた。

 初日、三地区に続き、またしても雨が降り大会開始が遅れ、施設委員である鳥大軟庭部員はコート整備へと駆り出された。その甲斐あって大会は昼頃ようやく始まった。

 男子の初戦は岡大とだった。雨上がりのせいもあり、千代コートの風は強く、思うようにボールを操れずといったゲーム展開だった。鳥大としては、どうしても初戦岡大で勝利を収め、勢いに乗りたいところだったが、1-4と、いやな負け方をしてしまった。あと一ペアでも勝って多少でも雰囲気を良くして行けば、後の試合も良い結果が出たのではないだろうか……。初日はこの一戦だけで、後の四戦は次の日にまわされた。

 翌日、朝一番の試合は広大とであった。三地区の4がけで負けているだけに必ず勝ってこの前の借りは返したいところだった。そして勝ったり負けたりの2-2で、佐々木・糸川組が勝利を収め、三地区の借りは返したのであった。この時は本当にうれしかった。この一戦で一勝一敗とした鳥大であったが、今一つ、チームの歯車がかみ合わないといった感じで次の広修大戦を1-4と落としてしまったのである。

 そして、その雰囲気のまま島大戦へと入ったのだった。当然のごとく気持ち的に劣っている鳥大は1-4と負け、山大戦も同じく1-4と負けてしまったのである。試合後のミーティングも次は頑張ろうと言い合うものの、精神的なダメージはどうにもならない程であった。

 そうこうしている内に、男子一部二部入替戦が始まった。片や二部優勝で意気上がる広工大チーム。片や一部最下位、意気消沈の鳥大チーム。結果は言わずとも容易に想像出来る。一部昇格を喜び合う広工大の選手と対照的に、入替戦に負け、二部落ちが決まり、涙を流す鳥大。この両大学の差は二部を何とかはい上がろうとする勝ちに飢えた集団と、一部に留まればよいという引き分け願望の集団の差だった様に思われる。

 一方、女子は五戦して全敗。やはり入替戦出場だった。会場が違ったためにどのような負け方をしたかわからないが、入替戦の相手広大にも、1-2で破れ、二部降格となってしまったのである。

 これまでたくさんの先輩方が何年もかかって鳥大を一部リーグに上げて下さったのに、今こうして私達が、こんな惨めな負け方をして二部に落としてしまって本当に申し訳けありません。以前に比べ、部員数は少なくなりましたが、この屈辱を忘れず、練習方法を考え、部員同志の結び付きを強めて、必ずまた一部に上がってみせます。二部で優勝し、入替戦に勝つことは、とても難しいことでしょうが、これが自分に与えられた使命だと思い頑張ります。

 (優勝大会の結果は本誌、戦績欄を御覧下さい。)