中四遠征記

教三 末次邦彦

 我々56生幹部にとって最後の大会がやってきた。

 私は、身体の中心から湧き上がってくる熱いものを感じた。実習のため、ここ一週間練習は無に等しい。身体的準備は最悪と言って良い。しかし、精神的状況は私らしくもなく、好調であった。前々から、私の中に精神分裂性を感じたが、その症状も薄らいだ。今、本当に安定時期に入ったと確信できる。

 他の同胞達はと見ると、それなりに懸命に取り組んできたように見える。その取り組みが是か非か、この大会の成績、結果だけだ。

 結果が評価されて初めて、私白身が評価され得る。その過程がどうであれ、結果が全てを物語る。結果さえ、結果さえ、そう思いつつ、窓外を眺めると、山陰の美しい柔らかな陽に満ちた海岸線が続いている。ちょうど大田を過ぎた辺りか、まだ山口には間があるようだ。そう言えば、今朝、最近には珍らしく早く起きたためか、少々眠くなってきた。意識がすーっと遠のいてゆくのが分かる。心地良い眠魔の手が私を包み込んでゆく。そして、現世から無上の愛の世界へと登りつめていく死者のような甘い時間を楽しみながら眠りに入っていった。

 それから何時間経ったであろうか、「次は湯田温泉」というアナウンスに起こされた。さぼど多くない荷物をまとめ、駅に降り立った。山口は十月中旬の穏やかな陽の光を受け、私はさながら厳流島へ向かう武蔵の心境であった。

 そこから私とMは代表者会議へと出かけた。私たちがタクシーでかけつけた頃には、半数位の大学が集まっていた。私たちはその右端に座った。会議は十分で終った。

 旅館に帰ると皆は練習に出ていた。彼らが自ら練習に出ていたのだった。それが何か心強く感じられた。

 その夜、仲々眠れずにいると友人Sが話しかけてきた。内容はほとんど他愛のないことであったが、試合前の緊張感をほぐすには適当なものであった。いつしか私は眠っていた。眠りの中で誰かが私を呼んでいるように思えた。その姿はシルエットとなって目の前を通り過ぎてゆく。私の身体は力が入らず、ピクリとも動かない。そしてそのシルエットが取り除かれた瞬間、辺り一面が7色の光の渦となった。そして目が覚めた。眠りが浅かったせいか、頭が少し重い感じが残っていた。時計を見ると6時25分であった。

 その日は団体戦、私たち男子AチームはV2を成し遂げた。

 感激は薄かった。目の前に大きな岩があり、それが白分の行く先を邪魔している。その岩を皆の力で押しやった、そんな義務めいた喜びが胸の内にあった。その夜、宿の近くのスナックの中で祝勝会が開かれた。久し振りに美酒を味わったように思った。翌日個人戦があり、それが終ると私たちは帰途についた。夜行なので海岸線を眺めることはできなかった。私は仲々眠れずに暗闇の中にポッ〜ンとある灯を眺めながら、ぼんやりしていた。そして同胞の声に起こされた時にはすでに湖山に着いていた。

 やっとこれで自分の部屋に戻れると思った。さまよっていた私の心も私の身体の中に戻ることができると思った。

 この一年間に起こったことが走馬澄のように次から次へと浮かんでは消えていった。目には涙が溢れていた。