インカレ遠征記

教二 松山佐正

 (登場人物……今度宇(コンドウ)くん・卑野(ヒノ)くん・茶菓酢(タカス)くん・屋間陀(ヤマダ)くん・高義(タカギ)さん・ボク)

 昭和五十五年度のインカレは、福井県の武生(たけふ)市で行なわれた。

 我が鳥大軟庭部の精鋭六人衆(高義親分率いる高義組)はさっそうと武生市にのり込み意気盛んであった。しかし、試合会場は武生市であったが、宿屋は武生市からバスで一時間くらい離れたところであった。結局、早い話が飛ばされたのだ。でも六人衆はメゲルどころかますます意気盛んになった。というのは、飛ばされた所が、なんと因縁の温泉街、芦原温泉だったのである。


 その一、決戦前夜


 「あ〜あ、着いた、着いた。」とボクは、荷物を部屋に降ろした。

 「温泉か、ちょっと散歩でもしようや。」と高義親分は、いつも温泉に来ると言ってしまうお決まりのセリフをお吐きになった。しかし、下見と言わなかっただけ成長されたみたいである。

 「行きましょう、行きましょう。」今度宇くんと卑野くんの目はすでに美しく輝いていた。

 「ぼくは少し横になります。」と茶菓酢くんは旅の疲れで上のまぶたがはれていた。

 「私はテレビでも見ています。」と屋間陀くんは、落ち着きはらって言ったが、声がふるえていた。そしてボクはテレビの料金入れの所で盛んにガットを動かしていた。

 このようにして、時間が刻々と過ぎて行き、問題の日大戦に近づくのであった。(ちなみに翌日の試合は、団体戦で、一回戦が仏教大学、そして二回戦が問題の日大戦であった。)

 さて、そして問題の日大戦前夜の出来事。

 ―午後八時頃―

 「チャマ〈なぜかボクはチャマと呼ばれていた)テレビつけてくれや」と今度宇くんは言った。ボクは、翌日の日大戦の事を考えていてテレビを見る気が起こらなかったが、職業柄、すでに手にガットを持ち、テレビの前でガットを小気味よく動かしていた。

 「カシャン」テレビが映った。しかし、声が出ない。卑野くんはやせた腕でテレビをたたいたが、それでも声は出なかった。

 六人衆(翌日団体戦なので外出禁止であった)は、ただ、映像を見ていた。

 ところが、一瞬、ナニの瞳は画面に釘づけになった。なんと、美しい花束に飾られた画面の中央に『日活……提供……温泉映画』そして、げにまぷしき女性のお太ももがドアップで登場。茶菓酢くんの上まぶたが上につり上がった。高義さんは、テレビの前を乗っとり、その両横に卑野くんと今度宇くんがすばやく座り込んだ。そして、茶菓酢くんはその場に座り、屋間陀くんは、なぜかいやに冷静になり、タバコを吸いながら見ていた。ボクは、屋間陀くんの場慣れた様子を見ながら、その場に座り、間題の日大戦の事を考えなければいけないと思うふりをして映像に見入っていた。

 「おっ、おおっ」と場内がざわついた。なんと画面では、こういう部類の映画では必ず付きもののスケベな中年のおっさんが、女性の○○を○○して○○○なんかしているではないか。そして、○○が○○で○○○してしまった。(〇の中に適当な語句を入れて楽しんで下さい。)しかし、しばらくすると、みんな声の出ない画面に不満を持ち始めた。が、それと同時に、この映画は三本立てだったのだが、二本目になるといなや、なんと画面は音声付きに大変身した。なんと、なんと、すばらしい。ワカマッチャン!

 その後の状況は読者の想像におまかせしますが、たぷん、それは当たっているでしよう。

 このようにして、大出血三本立教育映画が終わった。ボクは、三本とも集中して見てしまったので、疲れて、あきて、時計を見ると十時近かったので眠ることにした。しかし、明日の問題の日大戦を考えると(仏教大は全く無視していたが、後で痛い目を見た)緊張してなかなか眠れなかった。そして、無理に眠ろうとしたがだめだったので、疲れて薄目を開けると、まだみんなテレビの方を向いている。

 「おかしいなあ、もう終わったのに。なにかおもしろい番組でもやっているのかな。」と思って、テレビをのぞくと、なんと、なんと、なんと、第一本目のあの音声なし映像が映っているではないか。みんな第2Rに入っていたのだ。ボクは、3本も見て飽きてしまっていたので、またあの2本目からの音声付きに変わる前まで眠ろうと必死になって目を固く閉じ眠ろうとしたが、眠ろうとすればするぽど、緊張はするやら、変に想像力が働いてくるやらで、かえって目が冴えてきた。こうしているうちに、嗚呼、女性の悩ましげな声が聞こえて来た。ボクは、この声と闘いながら、闘いながら…疲れて眠ってしまった。

 ―それから、しばらくたってのでき事―

 「まぷしいなあ〜。」とボクは、目がさめて時計を見ると、十二時をとうにすぎていた。高義さんも茶菓酢くんも屋間陀くんもダウンしていた。しかし、今度宇くんと卑野くんは、今度宇くんと卑野くんは、……うっうっ………まだテレビを見ていたのだ。ボクは、今度宇くんは体力があるから少しは信じられたが、体の弱い卑野くんが、………信じられん。ボクは2人に声をかけた。

 「何回目?」すると2人はふり向いて言った、

 「四回目くらいじゃない。」2人の目はうるんで光っていた。

 「四回目くらい………」ボクはそのあと絶句。しかし、気を取り直してこう言った。

 「明日があるからぼどぽどに……。」

 「わかった、わかった。あともう一本。」


 その二、決戦のとき


 来た、来たぞ決戦の日が。ボクは、スクッと起き上がった。他の者も、他の者は一斉に熟睡していた。イカン、これではイカン。ボクはみんなを起こした。

 「皆の者、来たぞ決戦のときが」ボクはひとり興奮していた。

 そして、全員朝食を終え、いざ武生市へと向かった。

 「あ〜あ、着いた、着いた」とボクは、荷物を部屋に降ろした。

 「温泉か、ちょっと散歩でもしようや。」と高義親分は、…………これは、その一、決戦前夜の書き出しでした。

 「あ〜あ、着いた、着いた」とボクたちは、バスから降りた。少し歩いて前方を見ると、体育館の横にりっばなテニスコートが見えてきた。千代コートとえらい違いである。

 ボクたち鳥大は、第一コートの第二試合目だったので、軽いアップのため近くのグラウンドに行った。

 「おっ、やっとる、やっとる。」グラウンドでは、各大学が、試合前のアップでテキパキと練習している。一方、鳥大軟庭部のメンメンはと言うと、おのおの独自の練習方法を持っているらしく、らしかった。

 とにかくアップらしきものが終わり、いざ仏教大戦へ。ナンマイダ、ナンマイダ……

 まず一次戦第一試合、卑野・茶菓酢組登場。  「さあっ、行ってスコッと勝ってこい。」とボクたちは二人に声援した。

 「おうっ」と卑野くんは言いました。茶菓酢くんは首を縦に振るだけでした。

 なぜか、ボクには二人が大変緊張しているように見えました。ボクたちは一生懸命応援したつもりですが、卑野・茶菓酢組はスコッと…………

 一次戦第二試合、ボク・今度宇組登場。

 第一試合の敗戦で少し固くなったが、なんとか勝利。

 一次戦第三試合、屋間陀・高義組登場。

 やったあ、勝利。

 二次戦第一試合、ボク・今度宇組登場。

 固さもとれて、5-Oで勝利。さすが。

 これで、仏教大に勝って二回戦へ、でもみんなはたたりを恐れ、一斉に手を合わせて、ナンマイダ、ナンマイダ。茶菓酢くんはただぼう然として、食前訓をうわごとのようにブツブツと………………金光教敗れたり!

 そして、いよいよ問題の日大戦へといく前に例によってアップ。向こうでは日大が迫力たっぷりの練習。鳥大のメンメン、しばし見学、しているうちに試合が近づいた。

 いざ、問題の日大戦。

 うーん、さすがに3ペアとも百戦練磨の顔をしている。しかし、顔では負けんぞ、ねえ高義さん。さあ、行け!卑野・茶菓酢組、鳥大の力を見せて来い。

 一次戦第一試合、卑野・茶菓酢組再登場。日大の力をまぎまざと見せつけられ敗退。が、スコアは1-5。

 なんと1ゲームとったのだ。ボクが昨夜眠れなかったのは、(アノからみ合いを見たせいもあったが)この天下の日大から1ポイントでも取れるのだろうかという不安からだったのだ。しかし、取ったのだ、なんと1ゲームも。ボクはもうこれだけで、十分すぎると言えるぽど自信が充電された。そして、ボクの頭の中は1ゲームも取ったのだということでいっぱいになっており、目の中にはコートとボールしか入らなかった。そう、そうなんです川崎さん!ボクはヤングテニスマンに変身したのです。(ヤングを強調したい!)

 一次戦第二試合、やっと、やっと書ける。ただこれが書きたくてこんなにだらだらと書いて来たのだ。そう、これが、問題の、問題の日大戦だ!

 ところで、ボク・今度宇組の対戦相手は後で分かったのだが、山下・沼田組といって日大の大将ペアだったそうだ。そしてこのペアはよく『軟式テニス』という雑誌に写真入りで出とるそうな。よかった、後で分かって………。

 さあ、試合内容といこうではないか。(だんだん興奮して来た)

 まず、第一ゲーム。鳥大サーブ。山下君がレシーブをした。おやっ、思ったより平凡なレシーブだ。と思ったと同時にボールはレシーブ返しをされ、沼田君のサイドを通過。そうなんです。サイドプレスをしてしまったのです。おお!神様、仏様、ボクは完全に調子に乗ってしまった。今度宇くんは、今度宇くんは、なぜか青い顔をして、お地蔵さんみたいだ。

 そして、アレヨ、アレヨと第一・第二・第三ゲームと3ゲームを連取。スコア3-O。

 チェンジサイドで鳥大ベンチに戻ると、みんな信じられんという顔付き。あたり前だ、ボクたちだって信じられんのだから。そして、ゲームを一方的に取り過ぎてしまったので、みんな口には出して言わないけれど、お互いに同じ不安を持っていた。そう、ゲームが取れるのもこれまでではないかという不安を。これからは取りまくられて無残にも………。

 案の定、第4ゲームを取られてしまった。でもこの日のボクは、一味違っていた。今度宇くんも落ちつきをとり戻してボクに言った。

 「3ゲームも取ったんだけんあとは力いっぱいやろうや。」ううっ、泣かせるぜ、このセリフ。よし、やったろうやないかと鳥大ベンチを見ると、高義さんは笑いがひきつっており、他の者も緊張して声が出ないようだ。

 しかし、第5ゲームを取り、スコアは4-1。観客席も初めはがらがらだったが、もう満杯に近い。そして、なぜかカメラマンの姿が。

 そして第6ゲーム。ポイントの進行は日大サーブで、O-1、1-1、1-2、2-2、2-3、3-3でジュース。

 山下君サーブ。ボクレシーブ。ボールはネットイン。山下君返球できず、アドバンテージレシーバー。しかし、日大ふんばりジュースアゲン。

 山下君サーブ。ボクレシーブ。ボールはネットイン。山下君返球できず、アドバンテージレシーバー。山下君ただぼう然。アカンといった表情。観客席もこの神がかり的なレシーブにしばしどよめく。沼田選手何もできず。

 山下君サ一ブ。今度宇くんナイスレシーブ。山下君レシーブ返しができずネット。試合終了。

 勝った。信じられん。鳥大ベンチ大騒ぎ。山下・沼田組がっくり。第4ゲームから駆けつけた日大の応援団、まさかという表情。

 うー、気持ちがいい。しかし、ボクは疲れきってしまい、ベンチでうなだれていた。もうアノ白い太モモも頭に浮かんで来ない。

 さて、読者も読み疲れたと思うから、ここからは簡潔に書きます。

 一次戦第三試合、屋問陀・高義組再登場。スコア1-5で敗退。強い日大。

 二次戦第一試合、スコア1-5で敗退。よくやったボク・今度宇組、大金星だ。


 その三、戦い済んで(いろんな意味で)


 その夜は、例によって祝杯だった。スズメの焼き鳥で。うまかった。

 そして、翌日コートで島大の人たちにボクたちが福井新聞に載っていると聞いたので、ボクは早くそれが見たくて、喫茶店にみんなで入った。しかし、新聞に載っている写真は、今度字くんの全身と、沼田君の悩ましい後ろ姿、そして山下君のサーブを打つところというふうに3人はよく分かるのだが、ボクの姿は、ネットに少しさえぎられているし、小さな点ぐらいにしか写っていないので、自分でも自分を見つけることができないのである。

 ボクは頭に来たけど、この新聞を買ってしまった。だって新聞に載ったのは生まれて初めてだもん。しかし、この時ボクは決心した。絶対近い将釆、アップで新聞に出てやると。弟にできて、ボクにできないはずはない。そして新聞の次はテレビだ。そして次は………

 ああ、よう書いた。レポートでも10枚以上書くことはないのになんと14枚も書いてしまった。書き過ぎた。疲れた。腹へった。

(最後に、この物語の登場人物の心情描写、及び行動・言動は、ぽとんどフィクションのつもりで書きましたが、他は、すぺてノンフィクションであります。もちろんアノ映画も例外ではありません。)