中四国大会に思う

医進一 鱸俊朗

 大学に入学して最も気色のいい体験に、今回の中四国団体優勝があげられると思う。

 はっきり言って中四国大会での活躍は、僕にとってラッキー以外の何者でもなかったと思う。その理由として中四国大会前の練習はわずか四日、実質前衛の三代さんと一緒に練習したのが一日であったからである。

 内心、こんな調子で大会にいって、Aチームとして恥ずかしくない試合ができるか、否かは不安であった。しかしAチームの一人して選ばれた以上、一生懸命やるのみだと堅い決意を胸にひめて松山に向かったのである。

 途中、愛媛県新居浜市をとおったが、ここが、僕の故郷である。新居浜駅には二・三分停車したが、郷愁の念にひたりながら、さっと通りすぎて松山についたのは二時間後であった。

 松山堀の内コートは、僕が中学・高校と優勝を経験したコートであり、くやしい敗退を経験したコートでもあった。そのコートで鳥取大学庭球部として、初めての中四国優勝を達成したことは、誠に言語に絶するものがある。

 中四国大会で学んだことは、団体優勝はAチーム六人がしたのではないということである。今度の試合で二日目の松商大、岡山Bの試合では、苦しいゲームになった時一番元気づけられたのは、四年生のアドバイスてあり、バックの応援であった。高校・中学と(人数の少なかったからかもしれないが)今回ほど、まとまりのある、元気づけられた応援はなかったと思う。もし、あの時、四年生のアドバイスがなかったらまけていたな?と思う試合は、二・三あった。さすが試合経験の豊富さを語るものであろう。そしてバックの応援、特に一年生の同じ仲間の声で元気倍増した。やはり団体戦はチームの和が第一であると改めて感じた大会であった。そのためにも日ごろからの練習でまとまりのある練習が肝心ではないかと思う。

 来年は今年のように楽に勝つことはできないだろう。特に前田・高橋組が去られたあと、庭球部首脳陣としても頭の痛い所ではないかと思われるが、今の鳥大庭球部に残された道は、一人一人が前田・高橋組の穴を練習と気力で補おうと自覚し、全力をつくすことであるのではないだろうか。もし来年の試合で全力をつくしてシードを失うことがあっても、いいのではないか!

 Where there's a will, there's a way !